Milano-02

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ちょうど今頃の時期に仕事の返事を待っていた。なかなか小さな事務所は仕事が難しいときで大手でもいいからアプローチしてみようと思いオリベッティー社に売り込んでいた時です。もちろん日本を出るときから自分の作品をまとめて持ってきていたが
やはりきちんとブックのようなものにしないとと思いミラノの印刷屋に頼んで製本してもらっていた。それを持ってオリベッティー社に売り込みに行く。今考えるとずうずうしいやらめちゃくちゃです。言葉もろくにできないのに電話して意味が通じないから来なさいといわれたのが最初に会社を訪れたのが始まり。それから返事を正式にもらうまで2ヶ月何度も電話した。若さと情熱ですね。もう今はとっくになくなってますが。
日本の旭川くらいの緯度ですかミラノはもう雪の季節で霧に覆われ太陽は春まであまり出ません。そんな12月のクリスマスぐらいに正式に採用された。1月2日から仕事に来なさい、それまでに滞在許可書を用意すること。このように言われて焦りました、10日ほどしかないのにどうしたらいいのか?学生の滞在許可書はもっているのだが、、、
イタリアでは「納税者番号」が無ければ収入が得られない。ローマの知り合いの大使館の人にご相談に行ったりいろいろしましたがあまり詳しいことを公には書けませんがすべてオリベッティー社でしてもらうことになりました。
2年間仕事しましたがいい会社でした。1月から仕事をして25日に給料がもらえなかったので31日かな、、、給料というイタリア語を調べて、、、もらえなかったら聞かないとと思い4時になり5時になりやっぱりもらえない。秘書に調べてもらうと手続きが遅れているので来月2ヶ月分小切手で払うという話で2月末に2か月分の小切手を持って近くの銀行に行ったら何でこんな大金をオリベッティー社から受け取るのか、となかなか払ってくれない、あげくの果てには会社まで確認の電話をかけてやっと払ってくれた。その後は日本系銀行に振込みにしてもらった。
仕事は最初に与えられたイギリスオリベッティー社からの企画書を家に帰って辞書で調べたり滑り出しは大変でしたが時間が経つと共になれていきます。なんと言っても社員食堂がうまい。コースになっていてワイン、デザートまで付いて安い。ある日食堂の前に大きな紙が張ってあってみんながサインしている。これはコック長を変えよう、もっとおいしい料理を作るコックに変えたい人サインしてください、と言う内容でした。
もちろんその後はもっとおいしい昼食をすることになりました。
社員食堂といってもレストランほどの大きさで11:30-2:30まで交代で行く。
2年間でミラノ領事館から何度か電話があり日本の会社がオリベッティー社のCI部を見学したいからと何社からも来られ案内もしました。スタッフは25人ぐらいで半数は外人、有色人種は私だけ、白人(アルファベットの国)ばかりで漢字の国には言葉が不利です。服装は自由ですね。学生に帰った様な格好ばかりで仕事してました。
スーツなど着ていたらなんとエレガントな格好、と言われます。スーツは仕事の制服ではなくエレガントなんですね。銀行員も自由な服装だったしデパート社員は名札だけつけて服装は自由、警察官もジーンズの後ろに拳銃していました。
日本の学生も制服無くせばルーズソックスなど履きませんよ。休みになると電車内など学生が自由な服装で生き生きして街も明るく見える。黒の学生服は街を暗く見せないですか?何よりも強制はいけない。義務教育のときだけでも。   続く
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