Antoni Gaudi (1852-1926) La Sagrada Familia 1883- Barcellona

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このサグラダ・ファミリア大聖堂は1883年から未だに工事が続いている
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Antoni Gaudi Parco Guell 1900-1922 Barcellona

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グエル公園 宅地造成地として開発、失敗。
高台にあるのでバルセロナの街が一望できます
ディズニーが参考にしたという話も納得いく楽しいディテールでいっぱい
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南スペインで見た住宅

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白壁に色鮮やかに咲いた花々、ここの強い太陽、気候風土が生んだ美しい家々。通りから丸見え、壁があっても低く閉鎖的ではない。
昼は人影を見ません。みんな家の中でシエスタでしょう。夕方からまた活動ですか
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地図

イタリアのMilanoを発ってからGenovaまで下り、後は地中海沿いに国境を越えMonaco-Niceとコートダジュールを走りスペイン国境を越えBarcelona そこから Costa del sol に沿って Valencia-Granada-Gibraltar-Sevilia-Cordova-Madrid と
周り、再びBarcelonaから南フランスーイタリアと帰る。9月1日からまた仕事。 一ヶ月のバカンスです。

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夜中まで

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もう夜中の1時を過ぎていた海岸近くのオープンレストランで
ドアもありませんからお客さんや通行人や入り混じって
踊っていました。一応フラメンコ風ダンス
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GRANADA

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さてそろそろアンダルシア地方に入ります。やはりGRANADAでしょう。
ALHAMBRA宮殿、世界遺産です。グラナダは少し内陸部に入り観光客でいっぱいです。キャンプ場も3つほどありました。世界中からのキャンピングカーでいっぱいでした。レストランもいつも混んでいた。幸いにもアルハンブラ宮殿の内はさほどでもなかったからゆっくりと楽しめました。どこの中庭を見ても噴水、水をふんだんに使った庭園です。夏のこの暑さを和らげます。スペイン内陸部は砂漠のように何もありませんからこんなところに水をふんだんに使った宮殿を建てたアラブ人の力は絶大だったんでしょうね。イスラム風建築の繊細な造形芸術が細かいディテールまで見事です。SEVILIA , CORDOVA なども同じようにすばらしいアラブ建築があります。
ジブラルタル海峡からモロッコを見てアフリカ大陸に足跡を残したかったが時間が許しません。GIBRALTARには小さなイギリス領があるのをご存知ですか。このあたりになると道路標識も英語のがあります。イギリス軍が駐屯しています。
ずっと海岸沿いを下って来ましたが綺麗な夏の家、別荘風な家がいっぱいあります。白壁に綺麗な花が色あざやかに咲いていました。その横を通りすぎれば海岸に出ます。スペイン人はバカンスを楽しんでいます。レストランも軒を並べて夜中まで営業しています。美味しい海の幸がふんだんです。ここも日本より豊ですね。G7には入っていませんが。国連安保理事国に入ろうともしません国ですが。
G7にも安保理にも入る前に国民を豊にする方が先ではないでしょうか、小泉さん。スペインに比べてトヨタやソニーやキャノンやニコン、などなど、、、、
日本人は頑張ってますよ。単純な疑問です。なぜ???

さてジブラルタル海峡を後に (このあたりも何キロにもなるビーチが続いていた。
さっそうとトップレスでウインドサーフを操りビーチに戻ってくる金髪女性、色気よりも健康美でしょう)  これより海とはしばしの別れ。
少し内陸部に走ってSEVILIAに着きます。やはり内陸部に入ったら暑い。
カテドラル、スペイン広場、アルカサス王城、アルハンブラ宮殿を真似て造られました。昼間の観光はしばし休憩です。
もう少し走るとCORDOBAです。コルトバはスペインでもイスラム勢力が遅くまで居座り建物や街並みにその名残りを見ることが出来る。メスキータ回教寺院は
かつてのイスラム寺院で何度かの増築で柱の形状が違う。やはり繊細な造形は
すばらしいです。
GRANADA , SEVILIA , CORDOVA と十分にアンダルシア地方を堪能して
さてMADRIDにまっすぐ上がっていく。ほんとにスペインの内陸部は何もない、砂漠のように広大な丘が続いている。その上暑い。
トレド、マドリッドは以前にも訪れたことがあるので美術館周りはせずにぶらぶらと市内観光、夜は初めてお登さん気分でフラメンコを見た。これだったら本場アンダルシアで見ればよかった。日本人観光客も居ましたから有名な所だったんでしょうか。マドリッドに着いてからなぜか風邪を引いてしまってホテルで寝てました。
あまりの暑さに何度もシャワーしてましたから、そのせいでしょうか。
そろそろ8月も末、ミラノまで1500Kmはあるから帰らないと。またバルセロナを通り
南フランスを海岸沿いに走り一路イタリアまで。8月末の地中海の夕日は
もうすでに秋の雲に写っていた。 
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ガウディ-03

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さてBARCERONAに着いて今回初めてキャンピング場に入った。ほんとに1ヶ月のバカンスをここで過ごす人も居るんだな~と思わせる家のように大きなテント、テレビやペットを持ち込み、夏の間引っ越してきたような家族も居る。スーパーもプールもディスコもあるから快適なキャンプ場です。スペインではキャンプ場やホテルを使って旅行した。シーズンだからバルセロナやグラナダなど観光地はキャンプ場やホテルは混んでいます。イタリアより暑いスペインですから夜は遅いですよ。夕食は9時~10時頃から、10時過ぎまで明るいからなかなか涼しくならない。1時2時でもレストランでは人が居ます。ノッテ踊っている人でいっぱいの店も見かけます。フラメンコ風ダンス。夏を楽しんでいます。人々はイタリア人より素朴。私がイタリア語で相手はスペイン語で何とかやってました。
ガウディ建築、サグラダファミリア聖堂 上まで上がりました。完成がいつになるかわからない工事中ですが他にない見ごたえがあります。カサ・ミラやグエル公園、たっぷりガウディ建築を堪能できます。ミロ美術館は私のお気に入りです。いろいろ観光しましたが昼間は人気がない。暑すぎますから、人々は外には出ません。夕方からまた街が活動してくる、という感じですね。
COSTA DEL SOL が永遠と続いていますからここでも泳ぎましたがやはり南に行けばいくほど綺麗になる。予定以上にバルセロナに滞在して南に向かった。海岸沿いの道を走るのは気分がいいが内陸部はイタリアより暑いスペインですから窓から熱風が入ってくる感じです。ヨーロッパではエアコン無し、マニュアル車が一般ですから。マドリッドでフラメンコを見に行ったときに日本から来た観光客と話しましたが「スペインは湿気がないので日本より過ごしやすいですね」と言われてアアッと唸ってしまいました。

さて旅は続きます。確かVALENCIAで夕食を済ませ、海岸沿いをキャンプ場を探していたとき、もう11時を過ぎていたので看板を見て直ぐに入った。
翌朝、海パン一丁で海へ歩いていると、前に3人の男が同じ格好で歩いていた。砂浜の手前まで来ると3人の男はいっせいに私の目の前で海パンを
下ろした。素っ裸。砂浜に入り横のシャワーを見たら金髪女性が素っ裸。
ここはヌーディストビーチ&キャンプ場でした。その後何箇所も南スペインで見かけました。トップレスは当たり前ですがヌーディストは初めてです。家族連れなどが多く慣れれば不思議な風景ではなくなりますよ。
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スペインのバカンス  SPAGNA-02

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さて毎年のように8月1日まだ暗いうちから車に荷物を積み始めます。
7月のバーゲンで買った衣類などや、昨年のシチリアのバカンスで経験した
キャンプ道具など入れたらもう車は荷物でいっぱいです。ミニからフィアット127に変わったがやはりいっぱい。
まずミラノからジェノバまで下れば後は地中海沿いの景色がいい高速道路、
モナコ国境までは結構混んでいます。毎夏のことです。モナコからは
下の国道をニース、カンヌと走り景色を楽しむ。その先は道が細く入り組んだ海岸沿いが続く。サントロペまで訪ねたときにもこの海岸沿いの道を走った。今回はまた高速に入る。料金所は大きなバケツのようなものにコインを投げ入れるだけで通過できる。渋滞はない。
南フランスのこの道は何度かスペインの手前Montpellierまでは往復している。ここの大学の語学夏期講習があるので世界中の学生が集まる。私は受けに行ったわけではないがその帰り道 カンヌの海岸で寝袋で寝たことがある。砂浜のクッションは適度にいい。またヨーロッパの夏は涼しく夜中は結構冷えるので寝袋に入らないと寒い。湿気がないので蚊がいない。夜空には星、波間には月明かりが、ぐっすり眠れますよ。しかし夜中に大きなライトで起こされた。清掃車のライトだった。まっすぐこちらに向かってきたときに目覚めたからびっくりしましたが、夜中に掃除してしているのですね。感心です。朝は駅の洗面所で身支度する。同じ様な旅行者がいっぱい居ます。
さて南フランスは景色がいいので早々と高速を出て一般道を走る。田舎道を気持ちいいスピードで走れますから旅行者にはこちらの方が楽しめます。ただし
街や村を通過するときだけスピードを落とします。これがマナーです。それと
フランスのガソリンスタンドではチップを渡すのが普通です。ポンコツ車は別。
Aix_en_Provenceという街はセザンヌの生地で知られ、マルセイユから少し内陸部に入ったところです。メインストリートのミラボー通りは大きな道路で両サイドの並木道にはカフェーテラスやブティックなどがあり人々が和んでいます。この
木が大きくて茂っているので昼間でさえ強い太陽を遮り暑さを和らいでいる。というより薄暗くまで感じる。夏の暑い太陽を避けカフェーで少し爽やかな風に当たっていればまた元気が出て運転も出来ます。もうすぐスペインです。
結局ミラノを出て2泊してバルセロナに入った。やはり1000Km位だったかな。
パスポートではなくイタリアの身分証明書と運転免許書でヨーロッパは回れる。
ガウディとピカソとミロ。ここからスペインの旅が始まる。
COSTA DEL SOL 太陽の海岸を南にジブラルタル海峡まで、、、そこから
内陸部をマドリッドまで上がって行く。
Barcelona-Varencia-Alicante-Cartagena-Granada-Malaga-Algeciras-Gibraltar(UK)-Cadiz-Sevilia-Cordoba---Madrid
以前にもマドリッド、トレドは訪れたことがあるが今回はスペイン半分を車で回った。このようなコースで再びバルセロナに帰り南フランスを通り8月30日にミラノに帰って来た。
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スペインのバカンス  SPAGNA-01

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夏になるとやはりバカンスを懐かしく思い出す。バカンスの習慣がない日本では
仕方ないが、、、、私が生きている間に日本も先進国並みになるんでしょうか!!
7月にはもうバカンスに出た人がいてオフィスでは空きの机が目立つ。多くの人は8月に取ることになるから会社もお店も多くは閉められる。役所や銀行などは残った少ない
人数で開けている。
これも生まれた時からの習慣だったら何も問題はない。都会の人が一ヶ月間田舎で
お金を使ってくるのだから経済活性化になるのでは、、、??日本は経済活性化という言葉に弱いですから、、、、それと今のやり方では一ヶ月のバカンスを日本で出来るほどお金に余裕がない。友人のドイツ人が2週間私のところに滞在して
あちこち行きましたが帰国のときに「こんな高くついたバカンスは初めて」と言い残して帰っていきました。やはり一泊二食何万円ではバカンス出来ませんよね。

さてミラノに住んで6年目に入った夏でした。もう多くの友人が出来、自分もすでに
イタリア人、ではないか。その年はサッカーのワールドカップがスペインであった。
6月中頃から始まってイタリアは順調に勝ち進んでいた。7月に入りそろそろベスト16が
勝ち揃って来てもイタリアはまだ残っている。この頃から友人宅に仲間が集まってテレビを見るようになった。ベスト8、ベスト4、まだイタリアは残っていた。とうとう決勝戦まで残った。相手は強敵ドイツ。
日曜の夜9:00キックオフ。友人たちが続々と集まってテレビに釘付けです。決勝はバルセロナだったかマドリッドだったかはっきり覚えていないが両国の大統領も応援に
会場入りしていた。気持ちはイタリア人の私も大いに燃えました。イタリア人のノリは
関西人と通じるところがありますから大阪人の私もノリますよ。勝ちましたね。
イタリアが優勝です。
さあ大変です。ミラノの街は朝までパレードです。私も12時過ぎに帰り道ですから
Duomo大聖堂(ミラノの中心街)を通りましたが車は動けません。パレードです。
仮装パレードですよ。いつ頃から用意していたのかと思ってしまう。
ドイツのお葬式のパレード、などなど。車の上に超ビキニで立ちイタリア国旗をかざして
金髪をなびかせてゆっくり通りすぎて行く、まさにジャンヌダルク。歓声やクラクションの音でミラノの人は朝まで寝られなかったでしょう。いやイタリア中、いやヨーロッパに居るイタリア人すべてが同じことをしたようです。いや世界中のイタリア人が。翌日のテレビが伝えていました。それとイタリア大統領は選手全員を昼食会に招待しました。

その二週間後にスペインへ向けバカンスに出たのです。
スペインでも8月中イタリアの国旗をかざして走っている車に何度も会いました。
ミラノナンバーの私の車を見て挨拶の代わりでしょうが近寄って見るとアジア人が運転しているのでキョトンとしていたイタリア人も居ましたが私もクラクションで挨拶を交わしました。
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ANDREA PALLADIO a Vicenza

VicenzaにあるTeatro Olimpico 1580年
この劇場は敷地の都合で奥行きが極端に短く、客席は急斜面で、舞台スペースが小さく、よって奥行きが遠近法で作られている。舞台奥は建物が小さく作り、床は上に傾斜が付いている。工夫してある。

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